April 03, 2005

test

test

| | コメント (0) | トラックバック (0)

March 27, 2005

慶應義塾大学校歌

テスト

| | コメント (0) | トラックバック (0)

March 08, 2005

明治大学校歌

山田耕筰の執念による六大学最高傑作

 大学校歌の中でも人気のある歌です。個人的には六大学最高峰ではないかとさえ思います。荘厳で、前向きな歌詞、皆で突き進んでいくようなメロディーは、多くの学生を奮い立たせたことでしょう。早明戦では、学生数で勝り、色彩的にも目立つ明治軍団にこの歌を歌われると、大いに意気消沈したものです。それぞれの詩の最後の部分、学名の成り立ちから、三番の鐘を打ちならすところ、まさに時代の扉を俺達が開けてやるぞ、という気概に満ち満ちています。
 このようなすばらしい校歌ができた背景には、長い学生達の思い、そしてそれに共感した作曲家、山田耕筰の執念があったのです。最初に校歌制定の動きが出てきたのは、明治40年(1907年)のこと、学校創立30周年を記念して、学内での作詞募集がおこなわれましたが、よい作品は現れず(このあたりは早稲田と似ていますね)、そのまま長い月日が立ちます。本校歌が製作されたのが、それから実に13年後、大正9年(1920年)のこと、学生達有志による校歌制定のメンバーにより、まず作詞家児玉花外に作詞が依頼されました。
 児玉の詩を手に、メンバーは当時国内外で活躍する作曲家、山田耕作に作曲を依頼しました。熱意に絆された山田は作曲を引き受け、メロディーが乗りやすいように花外の詩に自ら加筆したうえ、作詞家西条八十に加筆修正を依頼しましたが、それでも納得がいかず、さらにこれも大御所三木露風に加筆を依頼し、ようやく完成をみたのでした。

 この曲の基本は単純なコード進行ですが、その分アレンジで様々な形ができるのが面白い曲です。私は、後半のリフレイン部分で、コードが循環していくようなアレンジが好きですね。

明治大学校歌

児玉花外 作詞/山田耕筰 作曲

一.
白雲なびく駿河台
眉秀でたる若人が
撞くや時代の暁の鐘
文化の潮みちびきて
遂げし維新の栄になふ

明治その名ぞ吾等が母校
明治その名ぞ吾等が母校

二.

権利自由の揺籃の
歴史は古く今もなほ
強き光に輝けり
独立自治の旗翳し
高き理想の道を行く

我等が健児の意気をば知るや
我等が健児の意気をば知るや

三.

霊峰不二を仰ぎつつ
刻苦研鑚他念なき
我等に燃ゆる希望あり
いでや東亜の一角に
時代の夢を破るべく

正義の鐘を打ちて鳴らさむ
正義の鐘を打ちて鳴らさむ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

March 03, 2005

駒澤大学校歌

昨夏の甲子園での駒大苫小牧の優勝、箱根駅伝での駒澤大学の優勝と、ここのところ勢いづいている駒澤大学。この歌を聴く機会もとても多くなっています。駒澤大学系列の高等学校はすべて大学の校歌をそのまま使っているのです。
北原白秋、山田耕作という黄金コンビ!名曲にならないはずがありません。

一番気になるのはなんといっても「せんだんりーん せんだんりーん」の部分。
文字通りでいうと、「栴檀は双葉より芳し」の栴檀の「林」ということですが、これは駒澤大学の昔の呼び名です。
1592年に、曹洞宗の研究施設として開設された「学林」を、後に中国の陳道栄という名僧が「栴檀林」と呼んだのだそうです。おそろしく伝統のある学校です!
詩は北原白秋らしく、まぶしい緑とさわやかな風が吹いてくるようなすがすがしさを感じます。これに山田耕作の勇ましい曲調で、若者の凛としたたたずまいを生み出しています。曲中に「雲」という言葉が繰り返されますが、これは禅宗の修行である「雲水」をあらわしたものだそうです。
期待通りの「山田メロディー」が炸裂しているのが、「漲(みなぎ)る緑は光と渦巻く」のところ。これは夏の高校野球の入場行進曲「大会行進曲」に似ていると思うのは、私だけでしょうか?

駒澤大学校歌
作詞:北原白秋 作曲:山田耕筰

1.
新人立てり 立てり 竹は波うつ
晴れたり この空 この我が駒澤
漲(みなぎ)る緑は光と渦巻く
旃檀林(せんだんりん) 旃檀林
時代は正(ただ)しく飛躍し来れり
捉へよ輝くこの現実
我等が校旗は雲と起れり

2.
新人勢(きよ)へ 勢へ 風は波うつ
おこれり この意気 この我が青春
張り満つ若さは希望と羽ばたく
旃檀林 旃檀林
時代は正(まさ)しく飛躍し来れり
守持せよ輝くこの道程
我等が校旗は雲と動けり

3.
新人期(き)せよ 期せよ 声は波うつ
澄みたり この学 この我が精神
信誠敬愛 自ら閃(ひらめ)く
旃檀林 旃檀林
時代は鋭く飛躍し来れり
切れ切れ輝くこの尖端(せんたん)
我等が校旗は雲と光れり

| | コメント (0) | トラックバック (1)

February 22, 2005

早稲田大学校歌

まず一発目ということで、「校歌」といえばこの歌がまずくるでしょう。天才バカボンの替え歌にもなっているおなじみの校歌です。

早稲田大学(創立時は東京専門学校)の創立25周年を記念して、審査員であった坪内逍遥、島村抱月が、当時まだ若手の相馬御風、東儀鉄笛に製作を託し、できばえを絶賛した坪内逍遥が、「わせだ わせだ・・・」のリフレインを付け加えた、といわれています。(「わせだ わせだ」というひらがなが正しい表記のようです。

学舎移転などにより、たくさんの大学が、校歌に歌われる地名と違う所在地になっていくなかで、「都の西北」にあり続ける早稲田大学本学キャンパスはとても貴重な存在です。

どうでもいいことですが、早稲田大学生はこの歌を斉唱する際、右腕を高らかに振り上げるのが流儀となっていますが、ラグビーや早慶戦でよく見られるのが、腕をピンと伸ばしたままで、棒のような状態で上下させる、という間違ったスタイル。正しくは、振り上げた右手は腹の前にたたみ込むように下げる、というのが正式な型です。入学の際にはかならず応援部から指導があるはずなのですが、今ではそういう縛りもあまり利かなくなってきているのかもしれませんね。

作詞相馬御風
作曲東儀鉄笛

一、
都の西北 早稲田の森に
聳ゆる甍は われらが母校
われらが日ごろの 抱負を知るや
進取の精神 学の独立
現世を忘れぬ 久遠の理想
かがやくわれらが 行手を見よや
わせだ わせだ わせだ わせだ
わせだ わせだ わせだ


二、
東西古今の 文化のうしほ
一つに渦巻く 大島国の
大なる使命を 担ひて立てる
われらが行手は 窮り知らず
やがても久遠の 理想の影は
あまねく天下に 輝き布かん
わせだ わせだ わせだ わせだ
わせだ わせだ わせだ


三、
あれ見よかしこの 常磐の森は
心のふるさと われらが母校
集り散じて 人は変れど
仰ぐは同じき 理想の光
いざ声そろへて 空もとどろに
われらが母校の 名をばたたへん
わせだ わせだ わせだ わせだ
わせだ わせだ わせだ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

February 21, 2005

校歌の小路

なぜか私は校歌のマニアなのです。
特に高校野球の、甲子園出場校の校歌となると、かなりの割合で歌えます。
マニアになると、好きな作詞家、作曲家などもできてきます。
歌うだけでなく、校歌の成り立ちの歴史などを紐解いていくと、その学校の由来、創設者の熱い思いなども伝わってきて、なかなか乙なものです。
このページでは、そのような校歌にまつわる話題を取り扱っていきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)